風がやむと、上空へ飛ばされていた、幾つもの梅の花びらが、小雪のように、ひらりひらりと舞い落ちる。
「華蓉は、死んだのか?!」
 悲しみをこらえつつ、文鴦が再び思紗を揺さぶったとき、
「おっ!」
 文鴦は唸った。
思紗は、その一瞬の花風の中で、短剣で、おのが咽喉を突いて死んでいたのである。
彼女の持つその刃は、先に彼女の主人である華蓉が、自ら命を断ったときに使用したものであったことを、文鴦は知らぬ。
かれは、ゆっくりと彼女の体を地に横たえながら、彼女の体から発する匂いに、慧敏に感応していた。
 あの夜──。
 文鴦がはじめて女色を知った、あの宵に──今と同じ匂いを感じたのを、かれは覚えていた。そう、あの日、おのれに身を捧げたのは、華蓉ではなく、この思紗であったのだ。
 主の貞操を守るために、身代わりとなって、この妖怪のような容貌のおのれに身を委ねる忠義を、この侍女はなしたのだ。
「……なんという、なんという愚かな世だ、……これは、なんのための戦いであったか……」
 ひとり、虚無に捕らわれる文鴦を、この穏やかな景観は、もはや癒してはくれなかった。
 ふたたび、風が吹いた。
 花が、辺りに渦巻くように繚乱と舞う。
 そして、それがおさまったとき、もう、その景色の中には、ただ、舞い降る花びらのみが、行方もなくさまよっているばかりであった。

 


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