「ああ、昭か。今日は、晴れているか?晴れているのに、この湿気はなんという事だろう。おい、そこの女、お前掃除をサボっているな。見ろ、この埃の舞い方を。チャント掃除していれば、このように埃が舞う事はない。なあ、師よ」

「・・・・・・おじいちゃま」

掌を広げ、塵を確かめ、同意を求める司馬懿に孫の炎は、困惑した表情を浮かべた。

「僕は、お父様ではないよ。それに今は梅雨で毎日雨じゃないか」

困惑から、それは少し非難めいた色を見せる。

父である司馬昭はそれを微笑んでやり過ごし、

「お前は、私の小さい頃にそっくりだから。間違えるのも無理はない」と炎の頭に手を触れ、髪をくしゃくしゃとしてやった。炎は子犬のような無邪気な表情で嬉しそうに女中とどこかへ遊びに行ってしまった。

(まだ、子供だな)自分があの子の年頃の頃は、あんな無邪気な表情など出来なかった。

気質からくるものか、それとも物心ついた頃から戦ばかり見てきたせいだろうか。

子供があのような表情をすることが出来る世の中になって、本当によかった。

そう思う。だが、同時にその邪気の無さが羨ましく、妬ましい。

常に悪意と邪気を磨き、人の言葉の裏を考え、人の先を考えることにより身を守ってきた自分には平和な世になってもいくらしようとしても出来ない表情だった。



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