「おい、昭よ。お前に一ついい事を教えてやろう」

「なんでしょう」

父の胡床の元へ行く。父は、いたずらを思いついた時の少年のような顔つきで手招きをした。皺だらけの手に巾と筆を持つ。

「荀令君のものだ」

「ああ、陳羣に形見として分けてもらったものですね」

父は、荀ケ様を尊敬していた。それは、もう、一種の宗教染みていて、崇拝といってもおかしくは無かった。

「・・・・ゎたしだ」

「え、なんでしょう?聞こえませんでしたが」

父の口元へ耳を近づける。かつては、凶器にさえなったその唇には今朝食べさせた卵の黄身が干からびていた。

「・・・・・ころしたのは、私だ」

「殺したですって?一体誰を?」

呆けてから、父はよく夢を見るらしく消し去った政敵や亡くなった母に向かっていつも泣きながら謝っていた。私には、壁に向かって謝っているようにしか見えないのだが父には見えるらしい。また、その類か。

「荀令君を殺したのは、私だ」今度は、目を見据えはっきりとこう云った。

そこには、以前のような刃物の鋭さを髣髴させる父の眼光が光っていた。背筋が寒くなった。


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