夏侯惇が一度演奏を終えると、棗祗は言った。

「この度の失策、実に相手が悪かっただけの事。お気に病まれませぬ様に」

さらりと言った後は、矢張り澄ました顔をする。

棗祗は手に持った竹巻を夏侯惇には差し出さず、じっと手に持ち、暫く夏侯惇の返事を待つ。

「留守を預かっておきながら百城を失った俺に、気に病むなと申すか!」

一拍戸惑ったが、発と気付き、流石に温厚な夏侯惇も声を荒げる。併し棗祗の方は矢張り澄ました顔で

「そう申しました」

と答えた。

「温侯と言えば、天下に並ぶ者の居ない人の世の雷。又、手下の者も八健将を始め、戦上手が揃って居ります。あの状況で彼等に勝てる者など、この世には居りません」

乙女は憧れ兵は慄く、戦場を駆ける深紅の閃光。赤き鎧に身を包む海内の剛勇。それが温侯こと、呂布奉先である。

特別大きな栗毛馬に跨がり画戟を振う呂布の姿は、さながら霹靂を履む雷帝の様であり、現世にその武勇で並ぶものはいない。又、呂布の配下にも、成廉、魏越、侯成、高順、薛蘭、李封、宋憲、魏続と、世に知られた手練れの人が揃っている。そしてその配下達も驍騎勁卒で知られ、「其の疾きこと稲妻の如く、吶喊すること雷鳴が如く、進攻すること霹靂の如く、止まらざること放電の如く、激しきこと震霆の如く、其の崩すこと落雷が如く、識り難きこと雷雲の如く、鋭きこと雷電が如く、其の動き神鎚の奮うが如し」と評されているのだ。呂布の軍勢は、最強を謳われる集団なのであった。


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