「しかし連中は都から逃げ出しておるではないか」

「それは連中の得意とする機動戦に都での守りが適さなかっただけの事。平野や山地で戦えば、四兇賊如きに敗れる温侯ではご座いませぬ」

呂布の軍の一番の特徴は、その機動力にある。騎馬を用いて敵を寡兵で破る事に最も優れた。それを発揮し難い拠点防衛では、圧倒的多数の敵の前に逃走するしか道は無かったのである。

「然も今回は、天下に名の響きたる張兄弟等、多くの能れた人々が参入しておれば、これは致し方の無い事かと」

陳留広陵両太守の張兄弟は、名声高い将軍である。元々は曹操の友人であり、そして曹操の配下であったのだが、今回叛き、呂布の軍勢を支援した。

「そして奴も、な」

つい、寂しげに洩れる。

「はい。敵に回せばあれ程恐い人はありません」

「うむ。奴は手強い」

夏侯惇の呟きから、二人は先日まで頼みとしていた、稀代の戦術家を思い出した。謀叛を起こし、呂布軍をより強力にした男。捲勇にして碩学、賢哲と評された奇才。人に過ぎる程に六弓四弩八矢に詳しい、猟兵指揮の専門家。剛直の人、陳宮を。


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