「先行する部隊より伝令です」

南進する曹操軍の嚮導本隊で、竹巻を持ち、主簿の夏侯蘭が言った。

嚮導隊四千を指揮するのは夏侯惇である。先行させた部隊三百は、楽進という男に指揮を任せていた。

馬上の夏侯惇は、夏侯蘭の言葉に短く

「読め」

と答える。

「はい。えー、吾、要地確保を図るも、後方からの‥‥‥」

夏侯蘭の読み上げる声が止まった。夏侯惇が怒号を上げる。

「どうした。読め!」

「は、はい。わ、吾。要地確保を図るも、後方からの伏撃に会い困窮す。敵将は張遼。吾、現在彼と交戦の中。敵勢力一百騎余りの寡兵と雖も、士気充実。速力速く、当方の意図に気付いている模様。只今逼迫の時なれば、よ、要地制圧を一時断念す。早急の応援を求む‥‥‥と、あります」

夏侯惇が真っ直ぐと前を向き静かに聴く中、震える声で夏侯蘭は読み終える。楽進の何時に無い弱気に、夏侯蘭は驚きを隠せない。張遼の伏撃は、夏侯惇の予想を遙かに超えて早い。遭遇は想定していたが、伏撃、しかも一度遣り過ごしてからのそれが出来るとは、敵の対応速度は称讃に値する程に異常である。流石は迅速を身上とする呂布の軍勢だなと、舌を打つ。「行きてはその邀えることを慮んばかる」と云うが、本来その必要は無い筈だったのだ。士気に関わる為顔には出さぬが、予想を大きく超える敵の動きに、夏侯惇も充分に驚愕していた。


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