夏侯惇が先行部隊の長に楽進を選んだのは、彼が短躯だからである。彼は小柄である為に、騎乗する馬の体力消費が少なく、この為運動量を必要とされる先行部隊を指揮するのに最も適した。又この様な男であったから、遭遇戦に必要な、突撃戦術にも秀でたのだ。先ずは妥当な人選であっただろうと思う。とは雖も、矢張り張遼が相手では荷が重かろうと考えた。速度を上げる為、縦隊で行軍していた事も災いした。縦隊は速度に優れるが、それは奇襲に頗る弱いのだ。

楽進は本来、簡単に弱音を上げる様な男では無い。少々手強い相手に苦戦を強いられても、軽々しく援けを求めたりなどしない男である。夏侯惇が常々、「危急の場合には、支援を必ず要請する様に」と訓告している位なのだ。つまるところ、敵がそれだけ強力なのだろうと想像する。状況の悪さは、それだけでもう充分に伝わってきた。

夏侯惇は夏侯蘭に命令を伝えた。

「橋は棄てて良い。合流まで堅く守れと楽進には伝えろ!」

こうすれば、前後から張遼の寡兵を撃破する事ができるだろうと考える。しかし矢張り相手は呂布の軍。油断は決して出来ない。楽進の部隊とて快速であった。こちらの動きも尋常ではなく速かった。しかし、それの到着前に待ち伏せ出来るとは人の業では無いと、流石に舌を捲く。無論、今出した命令が楽進に届く可能性は極めて低い。


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