暫くすると、敵の銛々とした錐行陣は、猛烈な勢いで嚮導本隊に襲い掛かってきた。その攻撃は苛烈と言って良く、左右の前衛が攻撃を加えているにも関わらず、その猛撃は失われる事が無い。士気高く、練度も高い。鉤行陣は辛うじてその維持を保っていた。それは夏侯惇の予想を裏切り、敵の潰走を目的とした本気の攻撃であった。しかし、
「矢張り来たぞ、満寵」
と嬉しそうに夏侯惇は言う。満寵も汗を拭い、左後方に騎馬隊を確認した。その数大凡二百。注意深く見張っていなければ、見つけられる様な数では無い。樹林を利用し、隠れながら素早い速度で接近してくる。それはまるで、天を翔ける稲妻の様な印象の機動であった。
「矢張り来ましたな」
「うむ」
夏侯惇は得意そうに頷いた。
「伏を匿し、奇を出だすの策とは将にこの事。この東側からの奇襲、将軍が予測されて居らねば痛撃と成り、既に勝負は決していました」
夏侯惇も満寵と同じ様に、敵の巧さを再認識する。
「只あれを留めれば、敵ももう押すまいよ」
陣表側の敵の攻撃は、損害を恐れないが為の猛攻では無い。後方からの撹乱を待つが故の苛烈さなのである。そしてその指揮官、侯成は経験豊富な智将である。策が失敗に終われば、絶対に無理な攻撃をする筈がない。詰まり、今夏侯惇と満寵がその計画を挫けば、表側の攻撃は必ずや弱まる。じわりと退けば、敵も拠点防衛の目的を果たしたし、逐って来る事は無いだろう。しかし又裏を返せば、この敵の攻撃を許せば、矢張り嚮導隊の全滅をもありえるという事なのである。後方を乱させない事は、夏侯惇自らが処理せねばならぬ程に重要な難事であった。