「三城を今回維持したという事が大きいのです」

失策は有ったと雖も、確かに己は曹操に、反撃の為の力を残したと思う。夏侯惇は今始めて、棗祗の言う「負けてはおりません」の意味を理解したのだ。悶々とした気持ちが、一気に晴れた気がした。

「人の真価は苦しい時。将としてのそれも同じ様に、厳しい状況下で崩れない事にこそあるのだと、小官は考えます」

夏侯惇もそうだと思い、それに頷く。満寵が唱える様に、逆境を耐え凌ぐ方策を持つ将こそが、正に名将なのだ。

弱い敵には確かに勝てる。こちらが充実している時にも確かに勝てる。しかし、敵が強い時やこちらが弱い時に勝つ事は、大変に難しい。それどころか、引分ける事すら非常に難しい。仮令連戦を快勝していたとしても、一度の決戦で大敗を喫すれば、多くの勝ちは水泡に帰す。満寵が言う様に、苦しい時こそ、将としての真価が問われる時であろうと思う。そしてその様な時にも「負けない」将である事が、猛将や智将を越えた存在である将、名将の器であるのだろうと、今は考える。

「そうだな。名将とは勝てぬ時も、致命的な敗北を避ける一手を持つ人なのであろうな」

と、夏侯惇は謂う。これに満寵も頷いた。

そして一拍の後、満寵は夏侯惇に話しかける。

「さて、現在我が方は劣勢であり、橋を押さえる事にも残念ながら失敗しております。これは贔屓目に見ても、勝っているとは謂えないであろうと、小官は愚考する次第です。しかし、まだ負けた訳ではありませぬ。ここからの戦力の維持、畢竟、戦力の減少を抑える事こそが、以後将軍を名将と言わすか否かの分かれ目かと存じます」

満寵の言葉は、夏侯惇の心を広がり、やるべき事を再認識させた。それで吃々と大笑をする。

「喋々と煩い奴め。満寵、お前の謂わんとする事は理解したよ」

夏侯惇はひらりと青毛に飛び乗る。

「敵は寡兵と雖も厳しいぞ。遅れるな」

夏侯惇がにんまりと笑うのに、満寵は敬礼で返した。


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