夏侯惇は既に、敵の反応速度を読み謬まるという大きな失敗をした。そして今又、敵の罠に飛び込む失敗を重ねても好いものだろうか。迂回されれば攻撃されかねない、建設中の陣地を、一刻も早く守禦すべきではないのか。
そう考えても、夏侯惇は楽進を救出に向かわざるを得ない。知ってはいても、全体を危機に晒さねばならない。戦力と時間の損と解ってはいても、敵中に飛び込まざるを得なかった。
性質として、夏侯惇に味方を見殺しにする事など出来はしない。「無能とは俺の様な男を言うのか」と、心中で自嘲するも、心はそうせざるを得ないのだ。ここで味方を見捨てる非情を持たない事が、夏侯惇の大きな弱点であった。「将にとって時に非情は必要なもの」と棗祗に言った自身の言葉が、この男には実践出来ぬのである。
縦隊で一時辰程進むと、楽進の部隊の奮戦が見える。又、西南には待ち構える様に陣が敷かれ、戦太鼓を打ち鳴らしていた。この戦太鼓に味方が浮き足出す事が無い様に、仮司馬の満寵が各大隊本部へ伝令を飛ばす。