「吶喊!」

刀を振り上げ号令すると、軍候が復唱し、一百が皆声を上げる。後方では満寵も吶喊をさせた。そしてこの後すぐ、夏侯惇は、天に翳した軍刀を振り下ろす。

「俺に、続けぇ!」

再度の吶喊の後に、軍鼓が打ち鳴らされる。それと同時に夏侯惇指揮下の一百は、一斉に軍馬の腹を蹴った。百騎は一体となり、地を同じ拍子で叩き、勢い良く駈け始める。後方の騎馬一個大隊も、同様に吶喊して後に続く。精騎計四百。その総ては、先頭に立つ夏侯惇に続き、その軍刀の指す敵騎を真っ直ぐに目指す。夏侯惇の渾名、「盲風夏侯」が示す様に迅疾であり、力強さがあった。

とは雖も、夏侯惇のこの様な戦術は、本来誉められるべきものでは無い。

「突っ込め!」と命令すれば良いところを、態々と先頭に立ち「続け!」と叫ぶ。これは大将としての己の立場を理解しておらず、本来「蛮勇を誇るのみ」と評されても仕方の無い行為である。事実、多くの場合、指揮官の死は部隊の壊滅と同義なのだ。夏侯惇のこのやり方は兵法に適ったものでは無い。

だが夏侯惇は、決して武勇を誇って先頭に立っている訳では無い。唯、人に死ねと言うからには、どうしても自分だけ安全な処にはいられないのである。他人だけを危険な目に逢わせる事が出来ない性分なのである。「兵は死地也り」と云うのは解る。一度兵を構えれば、犠牲が出るのも当然だとは思う。しかし他人に「突っ込め!」と言うならば、己が率先すべきだと考えて了うのだった。


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