尤もこれこそが、夏侯惇が現場の兵卒達に愛され、慕われる所以でもある。要職に在りながら、危険な最前線に立つ剛勇を持ち合わせた男である事こそが、夏侯惇の将としての大きな魅力であった。前線兵士からの人気は絶大で、夏侯惇が指揮を執ると聞けば、沈滞していた士気も盛り返す程なのだ。自身が意図せず、人心を掌握している。夏侯惇本人が危険に身を晒す姿を見て、士卒は奮い立ち、その男気に触発されて、隠れようとする者は居なくなる。逆に、夏侯惇本人を護ろうと、先を争い夏侯惇を追う者ばかりになるのだ。結果、夏侯惇は乱戦では何時も、多くの兵士達に守られる事になっていた。

陣形の違いから、竪陣の百は、後方の三百より素早い。又この一百は、特に速筋に優れた脚質の軍馬で構成されている。満寵の大隊を離し、一百騎は快速に駈けた。敵の弩弓騎馬五十は隊形を縦隊に変化させつつ、真っ直ぐに突進して来る。

一百は戟を敵に向け、真っ直ぐに駆ける。敵の騎馬射兵は縦隊であるにも拘らず、未だ避ける気配無く、一見正面衝突の構えを見せた。騎馬弩弓兵は射程距離に入っても未だ撃ってはこない。実質的には一度しか撃てない為、有効射程距離に入ってから斉射するつもりなのである。

先頭を行く夏侯惇は声を上げた。

「このまま噛み付くぞ!」

弩は照準と威力に優れるが、弓矢と違い速射性に劣る。一度射れば、二射目には多くの時間を要するのだ。つまり、一射目の直後に突撃が成功すれば、敵は逃げる事も出来ぬし、第二射を準備する事も出来ない。一度撃った後は刀を使うか、時を掛けて太矢を再装填するしか無いのである。因って長兵を持ったこちらが有利なのだ。稲妻は闇夜を煌々と照らすが、それは一瞬の事。その輝きは永く続か無い。


>>次項