呂布軍の攻撃には手加減というものが全く無い。夏侯惇を狙える射手は、皆残らず夏侯惇に狙いを定めた様だった。移動中の部隊の先端を、予測射撃で狙うのであるから、その練熟の程が厭でも解る。しかも夏侯惇の駕跨する青毛は特別な軍馬であり、無論の事ながら騫馬などでは無い。その俊敏な事は大柄な夏侯惇を乗せてはいても、特別に衰えるという程では無いのだ。そんな夏侯惇を、十本以上の太矢が捉えたのであるから、呂布の軍勢というのは恐ろしく精強なのである。
叮。
と、軍刀で最初の太矢を弾くも、直ぐに二本目が左の腿に深く突き刺さる。その後三本目、四本目と、次々に夏侯惇の胴に深々と突き立った。その衝撃が夏侯惇を右に倒そうとするが、夏侯惇は股を締め、これを防いだ。締めた事で傷が一旦開き、左腿から大量の血が噴出す。胴から垂れる粘度の高い血液と混じり、左脚は真っ赤に染まった。
馬上用に翼は短いが、敵の弩弓は高度に調整されており、照準精度、命中精度、威力のどれをとっても驚愕すべき内容であった。夏侯惇の両側を駆っていた者も、後方に附けていた者も、次々と落馬して陣先端部が薄くなる。前方を走る勇敢な人々の多くは、猛射の為地に落ち倒れた。
夏侯惇も叮、叮、叮と、馬に当たりそうな矢は打ち落とすが、しかしその技量も己の身を同時に庇える程の物では無い。利き目が右である事が大いに災いした。
そして。
そして遂に夏侯惇は、頭部左側面に敵の太矢の命中を許して了う。無意識の内に首に力を入れ、何とか顛倒を免れたが、かなりの衝撃だった。兜に命中した瞬間、一瞬だけ脳震盪を起こす。が、それが刺す痛みの為に、直ぐに意識を取り戻した。