高度に調整のなされた麻製の弦は強い力を発揮し、その翼の強さを最大限に発揮する。翼の長さに合わせて選定された太矢は、威力が損なわれる事を最小限とする。そして高度に洗練された狙撃手は、それの日々の整備を怠らない。この様に厳密な管理をなされた兵器を用いた射撃は、恐るべき威力を発揮する。

夏侯惇の頭部左側面に命中した太矢は、夏侯惇の兜を貫通し、水平に真っ直ぐと突き立つ。夏侯惇は脳震盪から覚醒した直後、一瞬怯み、痛みの為に顔を右下に向けた。太矢は兜を貫通して尚威力を弱めず、夏侯惇の頬骨側面を穿ち、その眼球をも傷付けたのである。

しかし眼孔から血を滴らせながらも夏侯惇は馬を停め様とはしない。馬の駆けるその揺れが頭に伝わり、太矢は硝子体を破壊し眼球を掻き混ぜる。胴と腿の矢も揺られ、肉を抉り傷を広げる。痛みは津々と湧き出す様に、夏侯惇を内部から苛めた。駈けながらも歯を食い縛り、その想像を絶する苦痛に耐える。

そして心中で己を咄と叱ると、気丈にも顔を上げ、手に持つ鋼刀を振り上げ叫んだ。

「ここで怯まねば、吾らが勝ちぞ!」

声を出す振動は頭蓋骨を震わし、その振動は側頭部の太矢を震わす。その震えが又夏侯惇の眼の傷を広げ、更なる激痛を夏侯惇に与えた。しかし今を勝ち負けの分岐点と知る夏侯惇である。ここで叫びを止める訳にはいかなかった。痛みと戦い、己にも聞かせるつもりで声を張り上げる。

「怯むなー! 続けぇ!」

夏侯惇の叫びに、後方から大きな声が上がる。頭に太矢を撃ち付けられて尚突進を指示する夏侯惇の姿に、配下の騎馬は残らず呼応した。声から察するに、傷付き脱落した者は二十名程であろうかと判断する。左の瞼は閉じていたが、そこからは既に崩れた瞳が洩れ流れ出していた。


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