第一章
ガチンッ!
将軍の剣を抱えていた私の両腕は、小刻み に震えていたが、遂に止まることが出来なく なり力が弛んでしまったのだ。
「申し訳ございません」
私は慌てて将軍の剣を拾い上げたが、沈黙と重苦しい空気は少しも解れることはなく、将軍は、斜め後ろで行われた私の一連の動作に視線を落とすことさえせずに、正面の片膝をついて頭を垂れたままの兵士を、見据え続
けていた。
鎧は所々が損傷し、左腕には矢が刺さったままの兵士の痛々しい姿は、それだけで彼自身の言が嘘ではない事を、証明しているかの様である。
紛れもなく、この場の雰囲気を生み出したのは、その兵士の口から放たれた言である。しかしそれは彼の罪ではない。何故なら、彼は事態を報せただけなのだから。
だが『それ故に』落込まざるを得ないのだ。
兵士の口から放たれた言、それは
「味方の主力が敗れた」
と、云うものだった。
俄には信じ難い報せであり、また、仮に幾年月を経ても、信じたいと思えるようにはならない報せであったことは云うまでもないが、兵士が状況を詳しく説明すればする程、それを躱す術は失われて行くように感じられた。
勿論、それらの言は全てが将軍に向けられたものであるが、傍らで剣を持って侍立するだけの私の耳にも流れ込み、そして私ですら事態が火急であることを感じ取れたのである。将軍はそれより遥かに、事態の深刻さを正確に捉えておられるに違いない。
或いは、狼狽を表に顕わした私と、押し黙 ったままの将軍との態度の差が、そのまま当てはまるであろうか。
「無念…でございます」
兵士は、猶も頭を垂れたままでそう呟いた。
「陛下は御無事か?」
その将軍の問いに対して、
「魚復に避けられました」
との答えだけが、唯一の救いと云えた。
将軍はそれを聞き、
「そうか」
とだけ呟くと、手当を命じて兵士を連れ出さ せ、軍議の召集を掛けた。