伝令使が次々と発して、場には将軍と私のみが残るだけとなると、将軍はおもむろに手 を四度打った。すると、幔幕の裏から複数の人影が現われた。この人影たちの正体は、巴の豪族である将軍の家・黄家の抱える、私設の諜報部隊で『風党』と称する者たちである。
 彼らは何時もこのように控えて、将軍の呼び出しに応じてのみ現れる為に、その存在を知る者は極めて少ない。だが、その諜報能力は確かなものである。
 将軍は立ち上がり、奥に歩みながら述べた
 「其方らの報告から量れば、敵将・陸議は相当な知将であろう。そればかりでなく、味方の軒昂であった意気も鈍っておった」
言葉を切ることなく、将軍は奥から二巻の竹簡を取り出すと、再び腰を掛けて続ける
 「恐らく、先程の兵士のもたらした報せは事実であろう。だが、万に一つ敵の虚報であるやも知れぬ。そこで…」
 将軍は七人いる風党の内、五人に状況の確認を命じて出発させた。その人数配分に将軍のお気持ちが滲み出ているように、私には感 じられた。
 「さて、其方らはこの竹簡を届けて貰いたい」
将軍はそう述べて、一巻を手渡した。届ける相手が、将軍と同じロウ中県出身の『孤篤』と云う方の処であると云うまでは聞こえたが、 その後に何事かを含ませている内容までは分からなかった。
 そうして更に一名を送りだすと、残る一巻を最後の一人に手渡しかけて、将軍は動きを止めた。と、同時に首が私の方を向く
 「白よ」
将軍と目が合い、名を呼ばれた私は戸惑いながらも返事をする。
 「其方、幾つになった?」
 「十一にございます」
唐突な問いではあったが、対応できた。


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