実は私は孤児で、かつて広漢と云う土地で 野良犬のような暮しをしていた。そこへ将軍 が県長として赴任された際に偶々、外で私を見つけて引き取って下さったのだ。私の肌が 白い外見から付けられた『白』と云う名前も、年齢も、将軍からその時に賜わったものなのだ。つまり、十一歳と云うのは私の実際の年 齢ではないのだが、私自身にとってその重さは事実であることと変わりがないのである。
 「そうか、十一にもなるのか」
 将軍は瞑目してそう呟くと、風党に手渡しかけた竹簡を私に向けて差し出した。
 「では、これは白に頼むとして……、其方は蜀に戻って、崇を守ってやってくれ」
 「はっ」
 風党の最後の一人は命令を受けると、素早 い動作で幔幕の外の闇に消えていった。
 『崇』と云うのは、将軍の御子息のお名前である。何故に風党に斯様な命を下されるのだろうか?私の小さな疑問が解決しないうちに、将軍は改めて私の方を向いて話し出した。
 「其方はこれを、陛下に届けてくれ」
 私は耳を疑った。将軍に拾われて以降、私はそのお側を離れた事はない。つまり広漢での暮しを除けば、私は世間の事など知らないのだ。いや、正しくは世間の冷たさしか知らないのだ。瞬間的にそんな事が頭をよぎり、私は云い様のない不安に襲われた。が、将軍は構わずに続ける。
 「これを陛下に届けるに当たって、一つだけ注意して欲しい事がある。この竹簡の存在を陛下以外の誰にも絶対に知られてはならん」
 私の脳漿は混乱をきたし、頭は自然と左向きと右向きを繰り返した。
 すると将軍は、両手で私の肩を抱いた。
 「よく聞け。儂は現在、あらゆる点に於いて其方に勝っておるが、唯一点だけが其方に劣 っている。それは若さだ。儂はこれまで、陛下にお仕えして幾つかの策を建てたが、結局、 陛下が窮地に陥る事を回避出来なかった。それでも猶、儂は策を建てて陛下をお助けしたい。しかし儂の齢は既に五十に近い。ならば、せめて其方の若さが蜀の助けとなる筋道をつけたいのだ」
  そこまで聞くと、私の頭はピタリと止まった。
 「改めて命ずる!この竹簡を陛下に届けよ」
 「はい」
 私が身を惜しんだ事を恥じて心を改め、大 きな返事で応えると、将軍は微笑んでくれた。

 私は身支度を整えると、軍議が始まる前に と、急いで出発した。星空が綺麗だった。


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