ちょうど、ひらひらと細雪が舞う正午であった──。
 司馬懿仲達の一手は、盤上で、おのれの勝利を確実と成した。
 彼は、碁を楽しんでいる。
「……これは、やられましたな」
 対局者は、嫡男・司馬師であった。
「父上には、何度やっても勝てませぬ」
 司馬師は苦笑して、掌中に握っていた数個の白石を、バラバラと盤上に撒いた 。
 その様子を見て、司馬懿は、
「愚か者め、なぜ勝てぬのか、それを考えようとせい──。勝敗の理屈を知るには、いまそちが掻き消した闘いの跡を、つぶさに調べ上げる必要があったぞ」
 そう云いやって、不機嫌に席を立った。
 司馬師は、慌てて父のあとを追わねばならない。


 と──表につながる回廊を、こちらへわたって来る人影がある。
 雪が、その人の頭や肩に、綿のように乗っている。
 やって来るのは、次男の司馬昭であった。
 司馬昭の面貌、蒼白である。
「子上か──。どうした?」
 兄の司馬師が、面前まで来た我が弟にたずねた。
 司馬昭は父兄に一揖してから、
「……陳倉のカク昭が、ついに蜀軍を退け申した」
 その報せをもたらした。
「おお!!ついにやったか!!」
 喜色を顕にする司馬師とは対蹠的に、兄弟の父・司馬懿は、
「カク昭はいかが相成った?」
「…………」
 問われて、司馬昭は声なくうつむいていたが、黙する事の無意味を悟り、
「諸葛亮を見事に破ったのち、精魂尽き果てたかのごとく、静かに息を引き取ったとの由にございます」


>>次項