「なんと?!──死んだと申すか!!」
 驚愕の呻きを発する司馬師を置いて、
「カク昭は肺に宿痾を持ち、悩まされておったと聞く。……あるいは、孔明との凄絶の死闘が、勝利と引き換えに、彼の命脈を絶ったか──」
 暗澹たる面持ちで、司馬懿は雪降る西の空を仰いだ。
 魏国の王府・洛陽からはるか西方に、同国の名将・カク昭が死を賭して堅守した、陳倉城がある。
 悲しみにくれる父へ、司馬昭は、懐から書簡を出し、それを示した。
「父上、これを、おひとりにてお読みくだされ。……カク昭が、死の間際、父上に宛てて認めた遺書にござる。先ほど、陳倉から参った使番より、それがしが預かって参りました。中は、誰も披いてはおりませぬ。カク昭が、父上以外の誰人 にも見せぬようにと、固く云い遺したそうにございます」
 それを受け取り、凝っとその一巻を見詰めていた司馬懿であったが、スルスルと紐解いて、ひとり、目を書面に走らせた。
 司馬師も司馬昭も、固唾を呑んで父の様子を見守っていたが、次第に、司馬懿の面に赤みが差し、ついに彼は口許を冷ややかにゆがめ、どういう訳か、乾いた笑い声を立てたのだった。そして、書簡をゆっくりと巻き収めた。


「父上──?!……カク昭は、なんと?」
 不気味に豹変した父の態度を訝しみながら、司馬師は訊いた。
 しかし、それには応えず、司馬懿は自邸の中庭へ降りた。雪が、ふわふわと彼に触れ、少しずつ層を成す。
 兄弟は不審を抱きつつも、その父の姿を追って、共に真冬の庭園に出ねばならなかった。
 そして、ようやく司馬懿が洩らしたのは、
「諸葛亮孔明ほどの男も、所詮は人の子であったぞ──!!」
 その一語であった。


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