なにか、憎らしいものを叩き潰すかのごとき勢いで、暴風雨となって、堅城陳倉にぶつかっていくばかりだった。味方の損害を気にせず、それを打ち破るまで、ひたすら押し捲るというのは、諸葛亮にはかつてないことだった。
 孔明は、まず麾下の猛将・魏延を呼び、
「陳倉に篭るのはわずかに一千の兵のみ──。いかに地の利を得た鉄壁の要害であろうと、我が蜀の精兵をもってすれば破れぬことはない。おぬしの猛勇をもって、落としてみよ」
「心得申した!!」
 魏延は勇躍して、帷幕をあとにしようとしたとき、これを呼び止めて孔明は
、 「なお、敵将・カク昭は、殺してはならぬ……。必ず生け捕って、我が面前に据えてくれるよう──」
「殺すな……と仰せられるか?」
「左様──」
「カク昭を、当方へ迎え入れるご存念でありましょうか?」
「……魏延」
 孔明の面貌が、にわかに変わった。常に冷静をもって大人の風を乱さぬ孔明が、このときは、双眸に怒気を浮かべ、明らかな苛立ちを顕にして、
「カク昭をいかようにするか、それは我が方寸にあればよい。ここで要らざる憶測をもって、無駄に時を費えんとするなら、おぬしは成都に還るがよかろう── 」
 思わぬ孔明の変化に、慌てて拱手した魏延、すぐに手兵を引具して飛び出していった。


 しかし──!!
 陳倉城はびくともしなかった。
 カク昭は、我に五倍する大兵をもって押し寄せた魏延を、完膚なきまでに叩きのめすのである。
 魏延は、蜀中屈指の猛将であったが、その頭脳は単純という事はない。むしろ、文武に秀でた偉材にほかならない。その魏延、平常なれば、音もなく鳴りを潜めて、北風に翩翻と旗幟をたなびかせるままの陳倉の要塞を一目して、
 ──あるいは敵の奸計やもしれぬ!!
 そう看破したかもしれない。しかし、今は丞相・諸葛亮孔明の怒りを怖れ、目の前の城砦を一気に打ち破ることしか、念頭に浮かばぬ魏延であった。

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