それが、敵将であり、さほど名声もないカク昭が知っている理由とは──?!
 しかし、それについて、姜維が疑問を口にする事はできなかった。
 孔明は、さらに馬忠、高翔の二将を呼び寄せ、
「そこもとらは、すぐに衝車をもって陳倉を攻め立てよ」
 さらなる攻城を命じ、攻勢を中断する意志のないことを示したのであった。
 師の、鬼気迫る面貌を見、ただ、姜維は沈黙するよりなかった……。


 だが、衝車と呼ばれる秘密兵器を繰り出した馬忠、高翔の二名もまた、惨憺たる敗北を喫することになる。
「雲梯は、カク昭も知っておることは分かっておった……。しかし、衝車までは知るまい」
 孔明はそのように宣言したが、カク昭にとっては、その衝車という兵器の実態を知る知らぬは、さほど問題ではなかったようである。
 衝車は、これも車体の全面が総鉄張りの四輪車であった。前後左右を自走するカラクリを備えた戦車のようなもので、前部に、巨大な槌が搭載され、これを城門、ないし城壁へ、寺社の鐘を撞く要領で打ち付けるのであった。その威力は凄まじく、四、五度も繰り返せば、大抵の城門はへしゃげてしまうし、城壁とて、ガラガラと音立てて崩壊せしめるに、造作はない破壊力を発揮した。
 この衝車が、地を這って殺到してくるや、カク昭は、
「ほう──、あの鉄車はわしも知らぬ。孔明め、わしが去ってよりさらに新たな兵器を開発したか……」
 なにやら感心した様子で微笑するや、侍臣に、
「擲鋼砕を用意せよ」
 と命じた。
 現れたのは──。
 鉄の巨丸──と言ってよい。城壁上のきわに、滑車によって吊るされた、直径五尺にも及ぶ鉄球が、数個出現したのである。しかもそれは、城壁上を左右へ、自在に素早く移動できる、攻城兵器ならぬ、防城兵器なのだった。
 蜀軍の衝車が、続々と陳倉の城門、城壁前へ到達するや、それらが大槌を突き出すよりも先に、カク昭が準備した大鉄球──擲鋼砕が、唸りを生じて落下してきた。
 いかに鉄張りの衝車も、はるか頭上から、凄まじい重量の鉄球が降下し、この直撃を浴びれば、音立てて粉砕されるは当然であった。
 しかも、一度落ちた鉄球は、魏の城兵が滑車を介して鉄鎖を巻き上げることにより、するすると再び城壁上へのぼってゆく。そして、左右へ動いて次なる獲物に照準を合わせ、またも墜撃するのであった。
 衝車も、これをかわすに巧みに走るのだが、城壁や城門を破砕するには、どうしても動きを停めて、一点を衝かねばならず、その不可動の瞬間に、擲鋼砕の餌食となって、ことごとく押し潰されてしまうのだった……。


>>次項