果たして──。
 カク昭という、魏においても有数の良将の前においては、いかに馬岱が知勇を兼備した逸材であろうと、また、その用いた攻城兵器・井闌が優れていようと、まったくの無意味である……としか、形容できないのであった。
 井闌──すなわち、それは巨大な移動式望楼とでも表現すればよいか。
 孔明の発案したものの中で、最も巨大であった。
 井闌の用途は、まさにその巨大さが物語る。高さは、はるかに陳倉の城壁を上回るのだ。 霞みたなびく彼方の地平から、天を衝くばかりの巨大兵器が、ゆっくりと迫り来る光景は、圧巻と云うも愚かであった。地獄の鬼神が、際限なき攻伐に明け暮れる人間という生物を、この現世から抹殺すべく現れたか……と思われるほどに、井闌の進撃は不気味であった。
 そして、その井闌の最上部たる楼上には、実に三十人ばかりの弩弓手が配備され、見下ろす形となった陳倉城壁上の魏兵を、猛禽が獲物を狩る心持で、狙い定める事ができるのだった。
 ところが、これを見止めたカク昭は、怖気づくどころか、カラカラと笑い声をあげ、
「孔明であれば、おそらくあのような動く高楼を用いるやもしれぬと、かねてより思案してはいたが……。我が予想は見事に的中したぞ!!」
 昂然とうそぶくや、今度は発石砲なる無数の台車を用意させた。
 これは、台車に搭載された、幾本もの太竹をひとつに結束し、それを存分にたわめ、また先端には巨岩を乗せる仕組みが施されており、ひとたび号令あるや、大人十数人でも抱えあげるのがやっとの岩石を、はるか遠方へ砲撃せしめることが可能なのだった。
 ゆっくりと近寄る井闌の群れに対し、陳倉から放たれる発石砲の弾雨は、止む事をしらない。
 ただでさえ動きは鈍重な井闌である。これを狙撃するのに、十分に修練された魏兵が、仕損ずるという事の方が少ないのであった。
 たちまち──。
 次々と井闌は破壊された。上部を撃たれて、粉々になった井闌の破片と共に、潰された蜀の弩弓手らも、血の雨を降らせながらを地上へ落ちた。

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