しばらくの沈黙のあと、孔明は、
「そなたは、美しいな……」
と、力なく呟いた。
「…………」
不意の一語に、とまどいを見せる姜維に、孔明は、この戦中で初めて、優しい微笑をこぼした。
「そなたの幼き頃は、さぞ美少年であったろうな──」
今度は、そう洩らしながら、再び陳倉へ目を戻した。蜀丞相、海内随一の天才軍師──諸葛亮孔明の、このときの表情は、あまりにも悲哀に満ちて、寂しげで
あった。
「姜維──」
「……はっ」
「この孔明の、最後のわがままを、どうか許してもらいたい」
「丞相!!」
「待て──、攻撃を加えるのではない……。カク昭を、説いてみようと思う」
姜維はかぶりを振り、
「丞相には、かねてより、カク昭を我が蜀漢へ迎えたいとのご胸中であられるようにござりますが、あの者の、魏に対する忠魂を揺るがせ得ようとは思えませぬ!!」
「……確かにそうであろう。……わたしも、そのように思う」
「ならば何ゆえにそのような……?!」
すっと手をあげ、孔明は姜維の反駁を封じた。
「承知の上で、このわがままを聞いてほしい、そう申しておる……」
姜維は、しばらく言葉もなく、うつむいたままであったが、静かにきびすを返すと、ゆっくりと、孔明の前を辞するのであった。ただ、その去り際に、
「……丞相は、カク昭を以前からご承知のようでございますが、どのような間柄でございますか?」
そうたずねたことだった。
しかし、孔明が、それに応答することは、ついになかった……。
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