蜀で、人足の需要は膨大なのであった。
 まだ、十二歳のカク昭が、父・カク順と巴郡江州の城市へ現れたのは、この人足として雇われて、東方からの行商人たちの荷を担いできたときであった。
 カク昭も、父のカク順も、さらにその先代からも、ずっと人足として、貧しい暮らしを続けてきた。しかし、それを不幸と思ったことはなく、ごく当たり前の事として、牛馬のかわりに荷を担ぎ、運び続けているのであった。
 カク父子を雇った商人の目的地は、この江州であったので、ふたりは役目を解かれた。
 数日を過ごせる賃金を得たが、すぐに無くなるだろう。しばらくしたら、親子は、また次の雇用者を探さねばなるまい。
「父さん、少しの間は食うに困ることはないね」
 笑顔を見せる我が息子に、カク順は一瞬、息をのむ。
 おのれの息子でありながら、カク昭は、あまりにも美しい少年であった。
 翳りのある濃いまつ毛の下に、淡い茶の瞳は陽光を吸って輝き、雪よりも白い肌は絹の柔らかさを思わせ、少し開かれた朱唇は、小さくぷくっとふくらみ、まるで甘露を湛えて匂うかのようであった。
 カク順は、なぜ、人足である賤民の自分に、このように眉目秀麗極まった子を、天は与えてくれたのか、ふしぎに思う。と同時に、これほどありがたいこともない、そのように感謝し、決して、カク昭を不憫な境遇に追い込みたくはない親心に、胸中は満ちていく。
 貧しくとも、人の誇りを失わない気概をもって、ささやかな幸せを築いてもらいたい──カク順は、息子・カク昭に、そのように願う。誰よりも、カク昭という息子を愛してやまないカク順なのであった。


 ある朝であった──。
 街衢の端に設けられた、共同の井戸にもたれて眠っていたカク昭は、足元でチュッ、チュッと鳴くすずめの声で目覚めた。……と、かすかに血の匂いを嗅いだ。


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