はっとなって父を見ると、その胸元が、鮮血でぐっしょりと濡れていた。口中から、おびただしい吐血をなした模様である。
 なぜこのことに気づかなかったのかと、心中おのれを激しく責めながら、十二歳のカク昭は必死に父を揺り起こした。
 幸い、まだ命を失ってはいない父親であったが、蒼白の面貌に、うつろな双眼が泳いで、意識は朦朧となっているようだった。
 近くの民家へ駆け込んだカク昭は、助けを求めた。
 わけを聞いて驚いたその家の大人たちは、すぐ飛び出してカク順を抱えお越し、我が家へ運んでむしろの上に寝かせた。
 カク順は、わななくもろ手をわが子の顔に押し当てながら、
「……わしは、……は、肺に、宿痾を持っていた……。隠していて、……す、すまない」
 泣きむせるカク昭は、にわかに大事に至ったこの成り行きに、どうすることもできない。
 救ってくれた家人らも、おそらくカク順が命を取り留め得ないであろと、ひそひそと小声を洩らすのであった。
「……これを」
 カク順が懐から出したのは、小さな麻袋であった。中に、カク順がコツコツと蓄えてきた、金銭がある。
「おまえのものだ……」
 息も絶え絶えである父が、そう云って、息子に財産を渡したとき、カク昭は、
 ──このまま死に別れるのは、絶対に嫌だ!!
 決然と、胸中で誓ったことだった。
 かれは、父の看病を、少しの間だけ、その家の家人らに頼み、諒承を得ると、すぐ市街へ駆け出していった。
 そして、江州でもっとも大きな薬店を聞き出し、そこへ飛び込んだ。
 店主にわけを話し、さきほど父に譲り受けた麻袋の中身をすべて吐き出して見せて、
「薬を──!!」
 と懇望した。


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