だが、返ってきたのは、少年にはあまりにも冷酷な仕打ちであった。
「たったこれだけで、購うことのできる薬などはない……。あきらめて、親父の最後を見届けてやれ」
店の奥へ消えようとする店主の裾にすがって、なおも懇願するカク昭であったが、最後は、店の若い大柄な男にえりくびをむんずと掴まれ、戸外へ放り出され たのであった。
他の店も何軒もまわったが、どこも対応は同じであった。
牛馬に等しい人足などに、たださえ高級な薬を売り渡す店など、無いのが当然の時代であった。
夕暮れまで走り回ったカク昭であったが、ついに、一粒一粉の薬も得ることは叶わなかった……。
そして、父の待つ、井戸端の民家へ戻ったカク昭は、重く閉ざされたその家の門扉を見て、慄然とした。
──父さん!!
不吉の予感に駆られたカク昭は、激しく戸を叩く。もう、涙がぼうだとあふれていた。
すると、少しばかり開かれた戸の隙間から、家主が目ばかりを出して、云うのだった。
「安心しろ、おまえの親父は生きている……。ただ、うちにはもう置いておけぬから、西の小丘にある楊宗様のお屋敷へ引き取っていただいた」
言葉尻も聞かぬうちに、カク昭は西を目指して走り出していた。楊宗というのは、この江州の実力者で、交易をもって一代で巨財を成した人物であった。
楊宗の邸宅へたどり着いたカク昭が、屋敷の門番へ事情を話すと、すぐ中へ案内してくれた。
だが、通されたのは、屋敷内ではなく、馬小屋であった。
屋敷で飼われる数頭の馬がつながれた厩舎の片隅に、藁が積まれてあるのだが、カク順は、その中に埋もれるようにして、寝かされていたのだ。
「病躯の人足など、だれも引き取りとうはない。それを当家の主・楊宗様は、請われて快くお引き受けなされた。おまえもありがたく思うのだぞ」
門番は恩着せがましく云うと、馬小屋に親子を残して、仕事に戻った。
カク順は、おのれの元に帰った息子の頬に、そっと手を当てた。
カク順には、息子が今日一日、何をして来たのか、聞かずともわかっていた。
「薬は要らん……、わしは死ぬ……。し、死人に金を使うことは……ないのだ……」
力なく微笑んでみせるのだった。
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