諸葛亮孔明の巡察が、この江州へやって来たのは、その翌日であった。
 市街を南北に走る最も主要な往還を、近衛の士に守られながら、ゆっくりと進む漆黒の四輪車に身を預けた孔明は、いかにも君子然として、清爽の空気を放ち、人々を魅了するのであった。
 カク昭は、蝟集する往来脇の庶人にまぎれ、その模様を眺めていたが、何を思ったか、その人の群れをかきわけて、往路に飛び出したのである。そして、ちょうど孔明が乗る四輪車の前に転げるや、
「お願いがございます!!」
 少年の、甲高い声を張り上げて、地べたに額をこすりつけるのであった。
「無礼者が!!」
 護衛の士が、カク昭をつまみ上げた。
「斬り捨てまする」
 一言残し、衛士はカク昭を抱えたまま、その場を去ろうとした。
「待て」
 孔明の持つ、白羽扇が動いた。
「その少年の、顔を見せよ」
 命ぜられ、衛士はむりやりカク昭の頭をひねった。四輪車上の孔明に、その面貌が向けられた。
 ──これは?!
 思わず、孔明は心中で唸った。
 砂塵と泥に汚れてはいるが、この少年の、あまりにも美しい容貌に、しばらくの間、思考の停止するのを、どうすることもできなかった。
「……いかが、致しましょう?」
 怪訝に問う衛士に、孔明は、
「我が膝下に据えよ」
 そう命じた。


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