自身の足元へ押さえ込まれたカク昭に、かれは、
「願いとは──?」
 そのように聞いてやった。
 カク昭は、衛士の圧迫に苦しみながらも、力を篭めて、
「どうか、わたしの父親を、お助けください!!」
 絶叫するのだった。
 昨日からのいきさつを、懸命に言上するカク昭へ向けられた孔明の視線というのは、しかし、父の病魔を取り除きたい一心で、決死の狼藉を働いた、親を思う少年の健気に、憐憫の気色をにじませたものではなかった。
 明らかな、好色のそれであった。
 しばらく──。
 孔明は、必死の嘆願に身を屈する少年を、眼下に見下ろしたまま、微動もしなかった。
 その、熱を帯びた孔明の眼光に、獲物を前にして舌なめずる、毒蛇の影を見て取った者が、群れ集まった大衆の中に、果たして、ひとりでもいたかどうか……。


「名は──?」
 孔明の問いかけに、
「カク昭……」
 と、少年は素直に応答した。
 さらになお、孔明は、凝っとうずくまるカク昭の小さな姿を見やっていたが、すっと四輪車から身を離すと、その白いあごに指をかけ、ぐいとこちらへ向かせ た。
 大きく見開かれた双眸の美しさは、年端もゆかぬ少年のものとは思えなかった。仙女の麗艶が、小さな彼の五体に宿されているかのごとく──父を思う孝心にふるえる心情をにじませた面貌には、散る桃花の哀れさと華やかさを刷いて、孔明をして、思わず息を呑む思いをせしめるに、造作はないのだった。
 孔明は正直に、
 ──この少年を、我が物としたい!!
 胸中で、強く願った。体の奥底から、どっと獣心が噴き上げるのを、どうにも堪えがたかった。
 すなわち──。
 神算鬼謀の所有者であり、天下に比肩する者なき大軍師・諸葛亮孔明は、男色の徒であった。それも、年歯十二、三才ほどの美少年ばかりを好んだ。
 奇癖といってよい。


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