「身は貧しくとも、その心だけは、健やかに、清らかに育ってほしいと願うは、親として当然の心情ぞ!!我が子の身を売り払い、平然と生き延びる恥辱を、このわしが持ち合わせておると思ったか!!」
死を目前にした者の声とは、とても思えなかった。
カク順は、最後の力を振り絞って、叫んでいるのではない。魂の叫び、悲しみが、かれの五体にふしぎな躍動をなして、この巨声を放たせている。
「道を踏み外した子の親として、天に謝罪する我が最後を見届け、生涯おのれの胸に刻むのだ!!」
吼えるや、カク順は身を宙へ躍らせた。
「父さん!!」
カク昭の叫びも空しく、父は、大地に頭蓋を激突させて、みずからの気概を示す死を見せ付けたのであった。
人々の騒擾の中、孔明は、カク昭の手に、やさしくおのれの手を添えて、
「そなたの父は、見事である。救えなんだこと、許せ」
そう云って、しばし瞑目した。
隊列は、何事もなかったかのように、江州を後にした……。
それ以後、三年あまり──カク昭は、孔明によく仕えるかたわら、その軍略の教えを請い、身に付けていった。
孔明もまた、恨みの一語もなく、自分に献身的に奉仕するカク昭に、ますます愛情を注ぎ、その兵法の奥義をことごとく伝授していった。攻城兵器に関する機密も、このとき余すことなく受け継がせた次第である。
また、カク昭の頭脳は、あまりにもすぐれていた。
一を聞いて十を知るとはこのことで、カク昭は、三年ののちには、一介の人足から、十万の大軍を自在に操縦する名将に成長したのであった。
また、その美貌はますます磨かれ、孔明は、もはやカク昭を同衾しない夜はないほどで、宵闇に彼の悦楽が絶えることはなかった。
だが、突如、孔明に驚愕を与える事態が起こる。
毎朝、香を焚いて、爽やかな目覚めを演出してくれていた、カク昭の姿は、その朝は何処にもなく、ただ、一書が、彼がいたはずの孔明のかたわらに置かれて
あった。
披いて一読し、孔明の顔面は色を失う。
「カク昭は……、やはり私を許してはいなかったか……」
その一語を洩らした。