「子上──。将として、崇敬に値する人物が、そなたにはあるかな?」
 司馬懿の問いかけに、次子・司馬昭は、
「父上であります」
 と即座に答えた。
 司馬懿は、うなずくと、
「わしも、そのような人物が、ただひとりおった──」
 独語するように云った。
 深々と雪降る自邸の庭を眺めながら、飲むともせぬ白湯の入った椀を、じっと手に抱えた司馬懿の姿は、なにか魂の抜けたような、精彩のまったく感じられないものだった。
 カク昭が、唯一、彼にのみ宛てた書状を披見し、司馬懿は自室に篭もった。
 そして、司馬昭だけを呼びいれ、その書面を、読むように云ったのだ。
 読んで、司馬昭は愕然となった。同時に、父が、この内容を知った直後、冷ややかに嘲笑した理由も判然とした。
 カク昭は、自身の少年時の過去を、くまなく記していたのである。
 当然、蜀の諸葛亮孔明が、その性愛対象が美少年ばかりであることも、克明に暴露されていた。また、おのれも、その偏愛を受け入れ、数年もの間、身を汚し続けたことも書かれてあった。
 諸葛亮ほどの人物も、このような凡愚と云える性癖の所有者であったとは──父が、嘲りの笑いを、冬空に放ったのは、当然のことである、司馬昭は半ば呆れつつ思ったことだった。


「太祖武帝(曹操)陛下でありましょうか?」
 司馬昭は、父の尊崇に値する人物を思い、考えられぬのは曹操以外にないと結論した。
 しかし、司馬懿は大きくかぶりを振った。


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