「死神か…」

 男は無数に転がる死体を馬上から訝しげに眺めながら、そう呟いた。惨殺とはこの様な状況の事を言うのであろう。女子供であろうが容赦なく斬り殺され、町の中を流れる河は死体で塞き止められていた。命乞いをする人間に、躊躇する事無く振り下ろされる鉄槌…そういう光景が目に浮かんだ。少年の話した死神の正体は分からないが、いつかその死神と自分は対峙しなければならない…男はそんな気がしていた。一緒にこの町にやってきた四人の部下と共に、曹東郡の父・曹嵩一家殺害の仇を取るべく、派遣されたこの男、姓は夏侯、名は惇、字は元譲。酒をこよなく愛し、時間さえあれば酔いに身を任せるのを好む男であった。

 「隊長、生存者を発見しました。」

 そのうち一人の兵が向こうから大声を上げた。夏侯惇は我に帰り、馬を繋ぐと、その方向へ歩いていった。見れば年の頃十代後半の若い娘が体中に誰かの返り血を浴びていたが、確かに五体満足で生き残っていた。しかし全身は大きく震え、目は見開いた状態で、未だ何かに怯えている様子だった。


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