大声でそう叫ぶと、善戦した彼の兵達はそのまま大声を張り上げ、散っていった。張遼もそのまま真っ直ぐに目の前の山に入ろうとしたが、何かを感じて馬を再び止めた。殺気、しかもこれまで感じた事のない気であった。誰かが自分を狙っている。しかも人ではない様な化け物か、獣の類か…そう思いながら、張遼は殺気の持ち主を探した。自分が崩壊させた屯所のあった場所。その篝火の後ろに一人の男が仁王立ちしていた。男との距離は歩いて二十歩。このまま馬なら三秒で突ける位置にいる。彼が感じた殺気は、化け物か獣。まさか篝火の後ろにただ立っているだけの優男からその気が発せられたとは考え辛かった。
青年は篝火の後ろからゆっくりとこちらに向かって来た。妖しい笑い顔、そして手には青白く光る剣を、まるで水の中から出したばかりの様に水滴を垂らしながら…。
「張将軍、早くこちらへ」
逃げ道へと促す兵の声にようやく自分の立場を思い出した張遼は、今度こそ馬を走らせた。趙神は走り去って行く白馬の男を舌打ちで見送りながら、こちらに近付く兵士達に見られぬよう、不知火を背に戻した。ふと鉅野の方へ目をやると、既に曹操の軍が城内へ侵入していた。もしや…既に呂布の姿はなく、そこには単身乗り込んだはずの…。
そして何も考えずにただ前だけを睨みながら走っていった。