趙神の真顔に怯む事無く、さらに挑発的な言葉を無表情のまま繰り出す紫音に、趙神も脅しは利かないと見るや、短刀を地に落とし、そのまま東へ歩いて行った。
闇に消えていく趙神を、横目で見送る紫音をチラッと見た漢匠は、残った蝗を袋に詰めると、ゆっくりと立ち上がり、趙神が歩いた後を追うべく紫音の前を通り過ぎようとした。
「紫音よ。本気でまだ恨んでおるのか?あの時の状況はお前にも分かっておろう?自分を犠牲にして我らを救ってくれた奴にこそ、大恩がある。そうは思わぬか?」
そして漢匠は彼女の前を通り過ぎた。
「例えそうだとしても…許してはいけないのです。それが我々の…快慈と私の運命です。」
その言葉が漢匠に届いたとは思えなかった。或いは自分に向かってそう言い聞かせたのかも知れない。紫音はただそこに立ちすくみ、俯くままだった。いつもの冷めた無表情ではあるが、その姿にはどことなく哀愁が感じられた。