一人の男を扇の中心にし、綺麗に並んだ三十数人の男達の視線は、その男に注がれていた。戦闘服に身を包んだ者、或いは学者風の者、年齢も態度も様々であったが、その中心の男だけは、明らかに人とは違う威厳を放っていた。背丈は高くなかったが、切れ長の目にはこれしかないという様な細長の眉、大きな椅子に深く腰掛け、左肘を付いた状態で何やら迷っていた。男の名は曹操孟徳。彼が時代を牽引する英傑である事は、ここに居並ぶ文武官ならずとも知っていた。

 ここは徐州の州都・下ヒの城外一里の処に三ヶ月前に立てられた急増の兵舎。その中心にある広間に集められた文武官は、彼の口から彼らしからぬ弱気の言葉を聞き、驚きを隠せずにいた。エン州を中心に自分に反旗を翻した呂布を追って、ここまで来た。呂布は劉備が支配していた下ヒと小沛を騙し討ちし、徐州を制圧していた。幾度かの戦で、曹操軍は全て勝利し、ついにこの下ヒを包囲したのは三ヶ月前。しかし、それ以降呂布は全く打って出らず、膠着状態が続いていた。自分達が遠征の身である上に、兵の疲労、兵糧の限界、袁紹の動向、なにより昨年辛酸を舐めさせられた張シュウとの決着…全てを考えた上で、曹操は撤退をしようと切り出したのである。


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