「お言葉ですが…。」

 沈黙という均衡を破ったのは、最前列に座る学者風の男だった。歳は曹操と同じくらいだが、童顔の顔に少し癖のある髯が似合わないその男、姓は荀、名は攸、字を公達。漢の名士で、かなりの影響力と、策略を廻らす頭脳を持った重臣であった。

 「呂布は勇猛ですが知略が足りませぬ。今、幾度の戦に破れ、彼の意気も消沈しています。また陳宮は知略はあっても決断するのに時間が掛かります。呂布が気落ちし、陳宮の策が定まらない今こそ、我々にとっては最大の好機ではないでしょうか。」

 曹操は自身ありげに放たれた荀攸の言葉を彼の顔を見ることもなく聞いていた。かなり悩んでいるのが、他の者にも見て取れた。

 「公達殿の仰る通りです。今包囲を解けば、虎はまた野に放たれ、しばらくした後また曹車騎将軍に牙を剥くことでしょう。」

居並ぶ屈強な武官達の中で、最前列に座る男がそう説いた。遠目からでも目立つ大きな耳は彼を少し間が抜けた人間にも思わせたが、曹操に負けない威厳をどこか放っていた。それはもしかすると彼の後ろで仁王立ちする赤ら顔の大男のせいかも知れない。


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