少し小高い丘から見渡せる無数の敵の駐屯地は見た事もない艶やかさで、見事な用兵もさることながら、自分達が追い込まれたのが必然的であることを、漢は当然の事だと自覚していた。辺りは『死人の手招き』のせいで、烈風と豪雨の中に旗やら服やら、様々なものが飛び散り、散乱していた。

 「張将軍、あれは…?」

 後ろからやってきた兵士はそこから一里程先に見える、自分達の仲間や盟主が篭っているであろう城を指差し、漢に向かって問うた。ここと同じく風と雨に襲われる城に向かって、北と西から大量の水が勢い良く流れ込んで行くのが見えた。閉ざした門も、あれでは何の役にも立たないであろう。漢はそう思いながら、改めて敵の謀略に感心した。

 「さすがは曹孟徳。戦わずして勝つ…天・人、全てを味方に付けて…我々の負けはあの漢を敵にした時点で決まっていたのかも知れぬな。」

 漢はそう言うと、自分達の屯営場に戻った。そこには負傷した兵、飢えで立ち上がることも出来ない兵が僅か二十人程いるだけであった。


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