漢に迷いはなかった。甲冑を身に着けるでもなく、そのまま出口に向かうと一旦足を止め、彼を惜しみすすり泣く仲間に向かって、決別の言葉を口にした。

 「今まで世話になった。もし生きて帰ることが出来なければ、これが俺の最後の言葉だ。もし…万が一、また生きて会える様な事があれば、その時は…その時はまた自分が信じる物のために、命を賭して共に戦おうぞ」

 屯営地を出た張遼はこれまで幾度となく戦場をともに駆け抜けた、真っ白な愛馬に跨ると、一人思い始めた。

 「長生殿、貴殿が私の死神なのか、救世主なのか、ここではっきりさせましょう。」

 そう言って気合を入れて馬を走らせた。激しい強風による横殴りの雨の中、一心不乱に目的へ駆ける白馬は余りにも勇猛であった。そして彼の勇気と、関羽の男気がただ祈るだけの敗残兵に奇跡を起こす事など、このときはまだ誰も知る由もなかった。

 


あとがき

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