「父上、お呼びにござるか──?」
 あるとき、文鴦は父に呼び出され、その居室を訪れた。
 父・文欽は、いやに頬を紅潮させて、
「ついに義挙のときが参ったようだぞ!」
 と、声音に勇躍の色を混ぜて言った。
「義挙とは──?」
「これを見よ」
 父から一巻の竹簡を受け取り、内容を披見した文鴦は、しかし、眉宇をくもらせて、
「カン丘倹都督には、ご自身のご存念で、司馬師討滅の兵を挙げようとなされておられるので?」
「都督には、以前より司馬師・司馬昭兄弟の専横に怒りをおぼえておられ、いずれは魏の武臣として、これを剿除せねばならぬと、密かにわしに打ち明けてくださっておったが、そのときがようやく訪れたのだ」
「その契機となすに足る何事かが、起こったのでござろうか?……あるいは、必勝の策計をお立てになられましたのか──」
「うむ、そのことだが、どうも司馬師は死神にとり憑かれおったらしい」
 文欽はさらに一書を差し出し、
「都におる殿中校尉・尹大目からの密書だ。それによれば、司馬師は顔面に瘤ができ、それが今は拳ほどに腫れ上がって、寝台からも起き上がれぬほどの重病であるという。……都督には、これぞ天の与えたもう好機である、との仰せなのだ」


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