桓範が、
「曹爽どの!司馬懿は、蜀の諸葛亮さえ退けた智謀を持つ、恐るべき人物にござる!かれを怖れて、怖れすぎるということはござらん!決して、警戒の目を緩めてはなりません!」
と言上にしたのに対し、
「司馬懿ごときは、もはや頭脳の程も老衰の兆しが顕と見て差し支えないと心得まする──それよりも、曹爽どのの位階を高めるための工作を専らとし、ご兄弟にもさらなる高位を賜りますよう、帝と廷臣らに働きかけるが肝要でありましょう」
阿諛佞言をもって曹爽の歓心を買ったのが、尹大目であった。
曹爽は、桓範の忠言を採らず、尹大目の追従に心を弾ませる小人であった。この時点で、司馬懿の術中に陥ちたと言ってよかった。
たちまち──。
にわかに起きた司馬懿のクーデターによって、曹爽は兄弟らと共に捕らわれ、一族ことごとく殺戮されるのであった。
司馬懿は、桓範に降伏するようもとめたが、かれは昂然とこうべを上げたまま、ただ一言の弁明もなく、従容として首を打たれた。
一方の尹大目は、司馬懿による政変をいち早く察知し、曹爽を瞬時に見限って、これに与するよう立ち回っていたので、そのまま殿中校尉の職にとどまる保身を得たのであった。
文鴦が言うのは、まさにこのことであった。