「ならば、そちはこの尹大目の密書は、我らを陥れる奸策であると言うのだな?」
 父の下問に応じて、息子はこたえた。
「あるいは、その怖れはありましょう──よしんば、司馬師が病魔に蝕まれておったにせよ、その強権が即座に崩壊するとは思われませぬ。いずれ奸臣誅滅の義挙は成さねばなりますまいが、それは司馬師が卒去したのちであっても、けっして遅きに失するものではありますまい!かえって司馬師という芯が砕けておればこそ、我らの大事も、赤子の手をひねる容易さで成るものと心得まする!」
 これを聞くに及び、じっと、言葉なく腕を組んでいた文欽であったが、大きな吐息と共に、
「……そうだな」
 と、深くうなずいた。
 今では、文欽は息子の才略の程を大いに信頼していた。
 けだものの如き風貌の我が子は、しかし、武勇においても、そして知略においても、その卓抜ぶりは尋常ではないのだ──と、ひそかに胸を張って誇らしく思う文欽であった。
 文鴦の言に従っていれば、もはや誤りはない、とさえ信じて疑わぬのである。
「わかった──都督には、わしから壮挙をお控えになられるよう、申し上げておこう」


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