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三
寿春北郊に流れる淮河からは、幾筋も支流がうまれて、名も付けられていない小河が無数にある。
そのうちのひとつに、丘陵をめぐって谷に落ち込み、白く、細い滝となって流れる清爽の一流があった。
滝は、小さな滝壺をつくって、深い碧の清水を湛えていた。
また、その景観に鮮やかな彩を添えるのが、幾本もある梅の木立であった。
季節は、いまだ開花のころではなかったが、ふっくらとつぼみを付けた梅枝から、ほのかに甘酸っぱい香りがただよって、小さな別天地を形成しているのであった。
そのほとりで──。
ひとり、流れ落ちる糸のような滝水を、無心にながめている、小柄な、しかし、その面相はあまりにも醜い人物がいた。顔意外は、びっしりと針金に似た剛毛で覆われている。
文鴦は、この景色が好きであった。
ここに来て、思考を停め、世間の冷笑と嘲弄を忘れ、滝の生む冷たい飛沫を浴びることだけが、いまの文鴦の唯一の慰安であった。
また、深更に及んで、狂おしい性欲に駆られたときも、ここへ馬を飛ばせば、自然と心が平静となるのであった。
あるいは、おのれの生母が、生前にこの風景を好み、よく訪れていた事を、父・文欽から聞かされていたためかもしれなかった。
母へ対する感情は、格別大きいものではない文鴦であったが、生きておれば、どのような人であったろう──と想いを巡らせることはある。