地にしゃがみ込む娘を見下ろせば、陽を吸って白く輝くうなじが、かれの目に飛び込んでくる。欲情が、一気に噴きあがるのを、抑えられぬ。
「義軍が興り、逆賊誅伐の大業が成るか、成らぬかは、貴方さまのお心ひとつでございます!どうか、どうかわたくし達の無念をお晴らしくださいませ!」
 切々とねがう娘は、今度はまばゆい美貌を文鴦にじっと向けて、両の瞳をうるませるのだった。
 ただこれだけのことでも、文鴦は、体内を駆け巡る興奮のために、気が遠くなるようであった。
 一方で──。
 冷静に、この状況を理解できる頭脳が働いている。
 すなわち、いま、おのれの足元にひざまずくこの若い娘は、司馬師によって抹殺された太常卿・夏侯玄の愛娘に相違ない。
 先年(嘉平六年)、夏侯玄らによる司馬師暗殺計画が露見し、これが大政変の引き金となって、魏帝・曹芳が廃され、かわって曹髦が据えられるという驚天動地の事態が勃発したことは、すでに述べた。
 むろん、夏侯玄をはじめとする、計画にたずさわった李豊、張緝とその血族のほとんどは、処刑されている。
 しかし、夏侯玄は、おのれの家系の断絶を嫌い、ひそかに愛娘──華蓉(カヨウ)を、混乱のさなかにあって、たくみに都から落としたのであった。
 華蓉は、下民に身をやつし、侍女である思紗(シサ)に守られながら、やっとの思いで揚州の州都・寿春にたどり着いたのであった。刺史・文欽は、別段、夏侯玄と懇意であったわけではないが、懐に飛び込んだ窮鳥を追い散らす非情は示さず、これをかくまったのであった。
 そのことを、文鴦は知っていたが、実際に、悲愴な逃避行を乗り越えて、この寿春にたどりついた高官の娘を見たいとは思わず、今日まで、意識を華蓉に向けたことはなかった。
 いま、はじめて華蓉を目の当たりにし、父が拾い上げた忠臣の娘とは、ここまで美しい女人であったか──と驚愕するのであった。


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