「今宵、文欽さまからいただいた、わたくしの居宅においでくだされませ……」
「な、なに?!」
「わたくしの身を、文鴦さまに捧げます……」
「…………!」
文鴦は、声もなく、ただ唖然となった。
「わたくしを、妻にしてくだされませ!そして、妻の願いを、お聞き遂げくだされませ!」
しばらく、文鴦は微動もできなかった。
また、知力も働かなかった。ただ、目の前の美しく、うら若き娘が、あまりにも唐突に、おのれのものとなるかもしれない──そう考えただけで、満身の穴という穴がひらき、欲望が噴出しそうだった。
(──人々にさげすまれ、妖怪のように嫌われ続けたおれが、都の重臣であった夏侯玄の娘、しかも、このように美しい娘を妻とできるのか……!それが、ゆるされるのか!)
心中で、何度もそれを絶叫する文鴦の頭脳から、冷静さは徐々に霧消していった。
「今宵、かならずわたくしの居宅においでくだされませ──」
魔女のように、文鴦へささやきを残しておいて、華蓉と、侍女の思紗は、きびすを返した。
ふたりが去ったあとも、文鴦は、まばたきも忘れ、しばらく、虚脱の態であった。