文鴦と、その手勢は、徐州方面での快進撃をここでとどめ、新たに制した各地の守備を厳重にし、カン丘倹率いる寿春の本隊と合流した。
「文鴦、見事だ。褒美をとらす」
凱旋した文鴦に、カン丘倹は賛辞を送り、黄金造りに宝玉を嵌め込んだ名剣一振り、純白に紫糸の刺繍で朱雀をはじめとする神獣を描いた絹十反、馬身総白の名馬を一頭与えた。
「ありがたき幸せにござる」
謹んでこれを受けた文鴦であったが、別段うれしくもなかった。
上座にある、カン丘倹のまなざしというのは、明らかな不快の色を示していた。おのれの姿を目の当たりにする者の表情とは、おおむね今のカン丘倹と同じであった。
(──ふん!貴様のために戦っておるのではない!すべては、華蓉のためだ!貴様がおれの風姿をいかに蔑もうと、おれには華蓉がおるのだ!)
胸裏で吐き棄てた文鴦、すぐに、今度は豫州方面への出撃を願い出た。
「北の守りを万全と致し(揚州の北隣は豫州である)、付け入る隙を与えねば、洛陽から迫る司馬師を、こちらは精鋭を選りすぐって迎え撃てまする!方々から攻め込まれては、我が方は苦戦を強いられまするが、一方より来る敵、すなわち西から参るであろう敵勢なれば、兵力に劣る我らでも、十分戦えまする!」
「よし!すぐに向かうがよい!」
カン丘倹は、ふたたび文鴦に先と同じ歩騎七千を付属せしめ、豫州へ派した。
ここでも、文鴦の武勇と才略は、縦横に発揮された。
抗う者は容赦なく打ち倒され、降参を申し出る城市は、日に日に増えた。