こうして、瞬くうちに、豫州南部一帯は、略定されたのである。
腥風血雨の中にあって、快勝を重ねる文鴦の心中にあるものは、あの青い闇の中で、この自分と肉体を重ね合わせて、あやしい律動に共に酔った、華蓉とのいとなみばかりであった。
むろん、目隠しされて、彼女の表情も、仕草も見ることのできなかった文鴦であったが、あのぬくもりと、柔脆な感触と、媚薬に似た汗の香りと──それら五感の刺激が、今も、かれの総身、その隅々にまで残っているのであった。
(──おお!華蓉!華蓉よ!おれは、おれはそなたの夫ぞ!)
文鴦は、うれしさに天へ向けて絶叫したくなる思いであった。
ただ一夜とはいえ、たしかに文鴦は、女を抱いたのである。
生まれてより今日まで、人々からケダモノとして蔑視され続けたおのれが、華蓉のように、名家の出自で、若く、目のくらむほどの美しさを備えた美姫を、今度の戦いに勝利すれば、晴れて妻にできるのである。
文鴦にとって、これほど痛快なことはないのであった。
天地の狭間にあるすべての人間を見返してやったのと、同じ快心が、かれの胸中を奔馳するのであった。
(──司馬師よ!早う来い!そしておれと勝負せよ!必ず貴様の首級を挙げて、おれは晴れて華蓉を生涯の伴侶とするのだ!)
文鴦の前途には、華蓉との輝かしい暮らししかない。少なくとも、文鴦自身はそう思って疑わぬのであった。開戦前に、司馬師の実力を冷静に判断し、挙兵に至るには時期尚早にして危険が大きい──そう予見したはずの文鴦であったが、今は、その観測はまったく脳裏を掠めることがなかった。