カン丘倹、文欽ら揚州の武将がこぞって謀叛し、洛陽へ攻め上る動きあり──その急報は、すぐに魏の丞相・司馬師にもたらされた。
 司馬師は、死病にとり憑かれていた。
 かれは、生まれたときから、左目の下に大きなほくろがあったが、これが、どういうものか巨大に腫れ上がり、いまは拳ほどにふくれてしまっていた。
 司馬師は、都の医師ら数名に命じ、これを切除させたのだが、切り取った口から、ふたたび瘤が生まれ、巨大化した。三度び切り除いたのち、今度は咽喉部が膨張した。
 のどは、切除できぬ部位であった。
 先に、文欽へ密書を送付した尹大目は、書面にこのことを詳細に記していた。尹大目は、司馬師の病没は近いと判断し、その後の情勢もまた、司馬師を欠いた司馬一族は、その権力を維持できぬ──そのように、時流を読んだ。
(──よし!揚州の文欽は、かねて司馬兄弟の専横を快く思ってはおらなんだはず!ひとつ、この尹大目が味方し、あやつの軍師となってくれよう!こと成ったあかつきは、わしが三公の位に昇るのも夢ではないぞ!)
 ひそかに、その野心をふくらませたものであった。
 一方、その文面を得た文鴦は、一度はその密書の内容を懐疑し、信用に値しないものとしたが、先にかれ自身が父・文欽へ述べたように、独自に手飼いの間諜を都へ忍ばせ、その真偽を探らせたのであった。
 そして、それが事実と知れたわけだが──。
「カン丘倹ら揚州の謀叛勢は、徐州、ならびに豫州との境を厳重に守護いたしておるようにございまする……。これを突破するは、無念ではありますが、大いに難事であると言わねばなりませぬ……」
 寝台に横臥する司馬師の枕辺で、そのように戦勢を分析して述べたのは、太尉の王粛であった。
 司馬師は、この日は、わずかに小康を得ていたので、やや上体を起こし、
「ならば、このわし自らが三軍を統べて、謀叛人どもを成敗せねばなるまい……」
 息苦しげに、応えた。
 王粛は慌てて、
「丞相!そのお体ではご無理にござる!ここは、しかるべき大将を選び、これに軍勢をお与えになられ、御身は養生専一を心がけられませい」
「ふむ……」
 しかし、司馬師は納得のいかぬ面持ちで、
「鍾会はどのように思うか?」
 と、かたわらに侍る中書侍郎・鍾会の意見をもとめた。


>>次項