たしかに、楽嘉城は、地勢を考えれば、これを得たならば、有利の上に有利を重ねしめる要地と言えたが、なにぶん小城であり、諸将の議論の中でも、この城の重要性が挙げられることはなく、言わば盲点となっていた。
 鍾会としては、この『盲点』にいち早く気がつき、これを奪うよう進言することによって、司馬師の信頼をさらに勝ち取る算段であったのだが──。
 その司馬師から、意外な言葉が出た。
「たったいま、その方とまったく同じ策を申して参った者がおる……。楽嘉城の攻略は、すでにその者に命じたわ」
 驚いた鍾会は、
「そ、それは、何者にござる?!」
 と問い返していた。
 司馬師は苦々しげに、
「エン州刺史・トウ艾である」
 と応えた。
 司馬師としては、戦略上、次なる標的は楽嘉城であろうことは、自身でも分析していた。このことに誰がもっとも早く気づき、献策してくるかを、密かに楽しみにしつつ、それが、手飼いの鍾会であることを期待していたのだが、思惑は逸れて、トウ艾であったことに、やや不愉快さを禁じえなかったのである。
(──おのれ!トウ艾!)
 悔しさをにじませつつ、司馬師の前から退がった鍾会は、ケ艾という人物に対し、このときから、強い敵視を持つのである。


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