夜天を切って、無数の強矢が降って来たなら、その鉄鞭を風車のように振り回し、すべてを叩き落す神業を披露した。
「おのれ!何者か?!」
「これ以上好きにはさせぬぞ!」
「我は征東将軍・胡遵麾下、秦耽なり!尋常に勝負!」
 次々に、文鴦の前に魏の武将らが立ちはだかったが、どの者も、一合と交え得ず、面貌を、肩を、脾腹を、骨ごと微塵に砕かれて果てるのであった。
 漆黒の闇の中、わずかな鉄騎兵を引き連れて、恐るべき猛勇を発揮する文鴦は、しかし、子供ほどの背丈しかない、バケモノじみた風体をした人物なのである。
 北陣に、混乱をさらに助長せしめる飛語が流れた。
「妖怪が攻めて参った!」
「淮南勢の中に、夜魔がおるぞ!」
 恐慌に陥る敵の兵卒らを横目に、
(──何が妖怪なものか!)
 文鴦はせせら嗤った。
(──妖怪が、華蓉のごとき美しい娘を妻とできるか!おれは妖怪ではない!断じてないぞ!)
 かれの五体に、冴え冴えとしたふしぎな力が、無尽蔵に湧いている。今の文鴦は、たとえ敵が百万の大軍団であったとしても、単身で渡り合える勇気を爆発せしめるに相違ない。
 文鴦隊は、司馬師中軍の北辺に備えられた、七段の諸陣をことごとく突破した。


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