「ええい!くそっ!我らをこの地へ案内した地下人は、トウ艾の手の者であったか……!」
 阿修羅となって暴れまくりながら、文欽は謀られたことを悟ったが、もはや遅かった。
「文欽!潔く縛につくがよいぞ!」
 大音声に呼ばわりながら、漆黒の駿馬にうちまたがって現れたのは、トウ艾その人であった。先に文欽隊の背後を襲撃したのは、このトウ艾率いる一隊であった。
 かれは、馬上、剛剣を旋回させながら、闇を切って奔然と文欽を襲った。
「うぬっ!」
 辛うじて、その一撃を長槍で弾いた文欽であったが、すでに闘志は霧消していた。
「すまぬ!息子よ!」
 無念の歯噛みを残して、文欽はただひとり、血路を開いて暗黒の森の中へ消え去った。
「お!逃がすな!」
 あとを追尾しようと逸るトウ忠を、すかさず父・トウ艾が制し、
「よい!捨て置くのだ!……もはや文欽ごとき、ほっておいても害はない。我らは、すぐに丞相のもとへ舞い戻り、今頃、手負い獅子となって暴れておる文鴦を仕留めるのだ!」
敵の動きを、的確に読み取るトウ艾の頭脳は、抜群の冴えを見せるのであった。
文鴦が立てた決死の戦術も、掌を指すがごとく、トウ艾は看破していたのである。


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