その戦いぶりは、まさに魔神のごとくであった。
すでに、得物である鉄鞭を失っていた文鴦は、まず、飛び込んだ王基軍の軽卒が持つ戟を奪わんとして、その者を馬蹄にかけた。そして、その衝撃で弾け飛んだ戟を、中空で掴む神業を披露した。
さらにそのまま、電光一閃、一条の稲妻となって、王基軍を真っ二つに断ち割る驀進をなした。
すぐに胡遵軍が応援に駆けつけようとするのだが、なにぶん大軍である。ただ一騎の標的を狙うには、あまりにも図体は巨大であった。竜が蝿を追うようなものである。
文鴦の、その奔駆の速度はいささかも衰ることはなく、かれは、一撃で三名を串刺しにしたかと思うや、拳をふるって敵の騎馬武者の横っ面を殴り倒し、奪った戟が砕けるや、さらに剣を盗み、槍を攫い、矛を分捕って血みどろの戦いを続けた。
また、かれの小さな体躯と、異様な面貌が、その驚くべき強悍ぶりを不気味なものに思わせて、ふたたび、妖魔がただ一騎で攻め込んで来た、という流言が、魏陣を駆け抜けた。いつしか、かれの行く手に立ちはだかる者なく、路は、自然と開けているのであった。
文鴦は、その敵中を、単騎、颯爽と駆け抜ける。
東天から、陽が、いよいよ顔を見せ始めたとき──。
文鴦は王基、胡遵の両大軍を、ついに突破していたのであった。
もっとも、両将の方も、腕をこまねいてこれを看過していたわけではない。文鴦の背後にぴったりくっついて、これを逃がさじと完璧な追尾をなしていた。
と──。
文鴦の前方に、小さな石橋が見えた。
かれは、何を思ったか、この石橋上で歩度をゆるめ、ついに停止するや、くるっと馬首を返して、迫り来る魏軍に対峙した。
追撃する魏軍も、一定の距離を保って、停まらざるをえない。
狭い石橋上である。
文鴦に挑むには、自然、一騎打ちの形態となるが、魔神的な戦闘力を見せ付ける文鴦相手に、あえて立ち向かう者は皆無であった。
そうこうするうち、続々と諸軍が集まって来たが、それでも、勇気をふるって手負いの虎と勝負する意気ある者は、ただのひとりもなかった。
背に朝日を負って、石橋上に昂然と立つ、文鴦の勇姿は、その実際の矮躯を卑屈には見せず、魏軍に対し、圧倒的な威圧感を放って、英雄然としているのであった。
このときの文鴦の姿は、後人の詩となって、語り継がれている。